ネイルの歴史について学ぼう

【世界のネイルの歴史】
ネイルと聞いて連想する色というと、「赤」と答える人が多いのではないでしょうか?
歴史上、化粧に関わる記述が残っているのは、古代
エジプト時代にまでさかのぼります。王族など高貴な
身分に限られると思いますが、エジプト時代には植物の
ヘンナの花の汁を用いて爪を染める風習(呪術的意味合い)があり、発掘されたミイラの爪に朱の色が施されていたという記録が残っています。
ギリシャ・ローマ時代には上流階級の中で「マヌス・キュア」という言葉が生まれ、流行しました。この言葉がマニュキュアの語源となったと言われています。最も当時は当時のギリシャの女性は控えめな生活が望まれ、健康美を理想としていたため、手入れ(ケア)としての
マニキュアが流行したと考えられています。
そして中世・ルネッサンス時代~近代・19世紀にかけてクリームを用いて爪のケアが
行われる等、徐々にマニキュア術が発達し、女性の身だしなみとしてマニキュアが
浸透し始めました。
職業としてのマニキュアリストが登場するのは近代・19世紀になってからです。
20世紀にはいると、マニキュア用ニス、ネイルラッカーが登場し、1970年代、
歯科材料であるレジンを使ったネイルイクステンションがブレイクしました。
【日本のネイルの歴史】
日本では古代より、赤に対しての強い執着心を持っていたと言われます。昔は万物は神によって創造され、また、その神から作られた植物には魂が宿っていると考えらていました。それゆえに霊の宿る薬草が病気の悪霊を取り除くと信じられ、魔除け的な意味合いも含め、紅(朱の色)が額の中央や唇の両端に化粧されていたと言われています。その延長線上として、指先を赤く染めていたともいわれていますが、これもアクセサリーとしての感覚に近いのだと考えられています。
日本では、この飛鳥・奈良時代から爪を赤く染める風習が広まり、平安時代には下層階級まで広がりました。
しかし、当時は植物の自然の染料を使用していわば日本独自の文化で、
いわゆるマニキュア術というものが日本に入ってきたのは明治時代になってからで、フランスから入ってきたマニキュア術は明治時代「磨爪術」として発達し、昭和になって本格的に普及しました。
ただし、当時のマニュキュアも現在のネイルほどのレベルのものではなく
美容院にマニキュアのメニューがあった程度で簡単な手入れとネイルポリッシュを行うだけでした。
日本でネイルが市民権を持ち始めたのは、70年代後半、アメリカからネイルの技術と商品が導入されてからです。
ネイル技術を職業とするマニキュアリストやネイルサロンが出現し、90年代にはネイルブームが巻き起こり、この頃からネイリストは職業として社会的に認められるようになりました。
このように、歴史の古いネイルですが、現在、私達がオシャレとして楽しんでいるような形に発展したのは、近年になってからなんです。
現在も、様々な技術が開発され、ネイルは今後ますます発展していくと思います。当コーナーでも、ネイルの基礎知識から、トレンドまで様々な情報を発信していきたいと思いますので、次回コラムをお楽しみにお待ちください♪
K-STYLE NAIL UNIVERSE
参考資料:JNA テクニカルシステムベーシック

